空に浮かぶ雲のように
思いきりハワイアンなダーリンとアロハでマハロな毎日
テーマ    01/13/2009
こんなたとえばなしがある。

洪水があって、ある信心深い男が水に追われて屋根に登った。
そこに救助のボートがやってきて、男に乗るように言ったが、「私は神に祈りを捧げない日はない。神は絶対に私を助けてくれるから」と言って断った。

水かさはますます増してゆく。別のボートが来て、しきりに男を説得したが、男はがんとして聞かなかった。いよいよ屋根も流されそうになったとき、またボートがやってきたが、それでも男は断り、ボートは諦めて行ってしまった。
とうとう街は濁流に飲まれ、男は溺れて死んでしまった。
死んだ男は、神の元に行き、文句を言った。

「私は毎日祈り、感謝を捧げ、正しく生きてきた。それなのに、なぜあなたは私を助けてくれなかったのですか!」

すると神は悲しそうな顔をして言った。
「でも私は3回もボートを遣わしたのだがね」



見たいものしか見ようとしない。

双眼鏡ばかり覗いて、自分が触れる距離のものをおろそかにする。

つい、そうなりがちな私の今年のテーマは、

「現実をしっかり生きること」

「私を信じて私らしくあること」

「感謝を忘れないこと」

「答えを外に求めないこと」


快速特急で駆け抜けたら、早く目的地に着くだろう。
でも各駅停車にしたら、思いがけない出会いがあるかもしれない。

10日間で10キロ痩せる薬を飲んだら、もしかしたら痩せるかもしれない。
でも、おいしく食べられることに感謝して、自分の身体をもっと労わってあげたら、もっと美しくなるだろう。

答えを見て書いたら、さっさとドリルは終わるだろう。
でも一晩かかっても自分で解いたドリルは、知識になる。


不安な時、外から答えをかき集めたくなる。

今の自分を肯定してくれる答え、あるいは2マス進め・ここで家を買う・振り出しに戻るなどと書いてある紙を求めたくなる。

幸せというゴールに向けて、失敗のないマニュアルがほしくなる。
この人と結婚して幸せになれるだろうか、私はいつ幸せになるのだろうか、こうするにはどうしたらいいのだろうか、あんなことが起きたら、こうなったら、どうすればいい。

そして目のくらむような奇跡を待っている。




ゲームの「人生ゲーム」は、誰かが決めた、そこに書いてあることしか起こらないけれど、本当の人生ゲームは、起こることを決めることができる。

他人によって簡単に左右されてしまう幸せを設定すれば、たずなを預けた相手によって、ゲーム盤は書き換えられてしまうだろう。

スピリチュアルに生きるとは、見えないものが見えるとか、わかるようになるのではなくて、ただひたすら自分と向き合いつつ、人間として五感もしっかり楽しみつつ生きることなのだと思うようになった。


今年は、日常にヒーリングミュージックを聴いたり、パワーストーンを買ったり、スピリチュアルといわれる本を読むことは少なくなるかもしれない。
私はロックを聴いても癒される。
私の内には、どのパワーストーンより素晴らしい原石がある。
本に書いてあることは全部、実はもう知っている。

私が私としてこうして存在していることが、一番の奇跡なんだと気付く。


















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