| 京都のオマケ |
ダーリンが京都で写した300枚の写真のうち、ほんの数枚だけど載せますねー。
 我が家で一番人気だった、建仁寺の本堂の天井に描かれた、二体の龍さんたち。
 秋は紅葉がきれいだろうなあー。仁和寺かな。
 ダーリンは白黒も大好き。急に景色が昭和になっちゃう・・・・
 これもたぶん、建仁寺の中庭だな。
 お寺の良さの一つは、こういう明暗。黒く切り取られたような景色が、なんともいえないもの。
 でっかいガイジンがお客で、申し訳なかった。その節はお世話になりました。
 清水寺の参道で。長い参道を歩くと、いつも思うんだけど、参道=産道 みたいだなって。 上り坂で、クネクネして、ふうふう言いながら歩いて辿りついた先は・・・ってね。
ふふ、オシマイ!
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| 実家の犬 |
実家に、メスの柴とシェルティの雑種犬がいる。
名前はハナと言い、二代目の犬である。 最初の犬は、妹が小学生だった頃、大きな公園で中年の女性に無理矢理押し付けられるようにしてもらってきた。
同居していた祖父母は大の動物嫌いだった為、我が家ではどんなに頼んでもペットは飼えなかった。 祖父母に遠慮して、動物好きの母は、貰ってきた犬を捨ててくるように言ったけれど、 結局、その犬は我が家の一員となった。
一緒に暮らすようになると、祖父母はどんどん変わっていった。
晩年、寝たきりになった祖父は、犬を自分のベッドの下に寝かせて話し相手にしていた。 祖父母の通夜には、末席にチョコンと座り、じっと読経を聞いていた。
祖父母を見送り、13歳で最初の犬が死んで、実家は火が消えたようになった。 母は、もう動物は飼わない、と小さくつぶやいた。
それから10ヶ月、クリスマスも近い冬の日に、ハナはやってきた。
真冬の海風が吹き付ける、小さなペットショップの店先に、 売り物にしては、いささか大きくなりかけてしまった犬が、寒さに震えていた。 その犬と目が合って、私はその場を動けなくなった。 抱かせてもらうと、その茶色い、コギツネのような小さな体は、あたたかく、私の腕の中で必死に生きていた。
ペットの飼い方の本には、「こういう犬は、やめましょう」の見本のような犬だった。 目はおどおどして、好奇心は薄く、母犬から早くに離されて以来ずっとケージの中にいたのか、 足腰が弱かった。
実家に連れてゆくと、買い物から戻った母は驚き、困った、と言い、 でも、すぐに「名前はハナにする」と言って笑った。
弱かった足腰も、だんだん丈夫になり、ハナは一度も困らせることなく実家に馴染んでいった。 色も見た目も、最初の犬にそっくりだった。 不思議なことに、最初の犬と同じ場所に、小さな傷があった。
犬のくせに散歩が嫌いなハナは、年老いてゆく両親にはピッタリだった。 華奢で、食が細いけれど、病気一つしなかった。 私が実家に帰ると、鍵をガチャガチャする音で、家のどこからでも玄関に飛び出してきて、扉の向こうでキュンキュンと甘えた声を出した。
あれから11年。
「最近、ハナちゃんは耳が遠くなったみたいなの」 「心臓がちょっと悪くて、お薬飲んでるけど元気よ」
実家に帰るたびに、ハナも年をとったんだなあと思う情報が入ってきた。
お盆の直前、実家にお線香をあげに立ち寄ったら、両親は不在だった。 いつものように、鍵をあけて中に入ってしばらくしてから、どこからともなくハナがやってきた。 最初はボンヤリと私に頭を撫でられていたが、 そのうち、少し離れて吠えた。
どんなに名前を呼んでも、ハナは私に近寄らず、庭に降りて、吠えたてた。
涙が出そうだった。 知らない人を見るように吠え続けるハナを、やりきれない思いで後にして、家を出た。
生身のハナは私を忘れたけれど、ハナの魂は私を忘れてはいない。
祖母は痴呆症になって、自分のことさえわからなくなった。 でも亡くなったあと、一番可愛がっていた姪が駆けつけた時、締め切った日本間にあった百合の花が、不自然に大きく揺れた。 「おばあちゃんの魂は、ボケてなんかいなかったんだ」 私はそう確信した。
だから、ハナの魂も、私を忘れてはいないのだ。 体がちょっと古くなっただけ・・・・・
でも、運転しながら、涙で前が見えなくて困った。
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| 「紐育マサオ」 |
紐育=ニューヨーク と読む。
いやー、ビックリした。 うつみ宮土理は昔から知っていた。 ロンパールームという子供番組でデビューしたタレント。
好きでも嫌いでもなかったが、目をクルクルっとさせておどけてみせる感じや、 かん高い声で笑うのが、あまり好きとはいえないなと思っていた。
彼女が小説を書くという話はうっすらと知ってはいたが、 タレント本といわれるものは敬遠してしまう食わず嫌いな私。 しかし、ひょんなことでこの本を図書館で借りて、ぶったまげたのである。
子供向け番組でデビューした主人公が、芸能界に足を踏み入れてゆく。 そんな時、同じように駆け出しのヘアメイクアーチスト 昌夫 と出会う。
昌夫は「オネエ言葉」を使うオカマである。
「かほるちゃん!そんな体型でタレントとしてよく生きてられるわねっ。一流にならなくっちゃダメなのよ!」
「あんたのそのひらったい丸い顔に、そんなメイクじゃみっともなくなるわ」
ズカズカと主人公の心を踏みにじりながらも、変わらぬ温かい友情がそこにはある。
昌夫は、ありえないほどのバイタリティと技術の高さで、あっというまに登りつめてゆき、 ニューヨークに進出を果たす。
ニューヨークで大成功を収める昌夫と、40近くなっても一流にはなれず、結婚もできない自分。 手の届かない場所に行ってしまったという思いに駆られている時、昌夫からの電話を取り、思いがけないことを知る。
これは自伝であろうと思う。 昌夫も、モデルがいたと思う。そうでなければ、これほどまでにイキイキとした描写ができるだろうか?
うつみ宮土理の文章のうまさ、昌夫の強烈さ、芸能界の裏事情。 あまりのおもしろさに、寝る間も惜しんで読みきった。
おかっぱ頭で、小太りの昌夫は、「ハロー、サンキュー、グッバイ」しか英語を知らずにニューヨークへ行く。 英語も話せなくてどうするの、という主人公に、昌夫は得意げにこう言うのだ。
「ばかね。わたしね、ペット屋の店先でインコ見たのよ。 そのインコ、オハヨウ、アリガトウ、イラッシャーイ ってしゃべるのよ? そのとき、思ったの。わたしの舌は、どう考えたってインコよりは精巧にできてるわよ。 その気になりゃ、英語なんかしゃべれるに決まってるわ」
そしてニューヨークに行った昌夫が、英語を学ぶために通ったのは学校じゃなくてディスコ。
「ディスコは最高よ! まわりの音が大きいから、大声でゆっくり話さないと聴こえないでしょ?英語を覚えるのにこんないい場所はないわ」
タレント本、なんてバカにした私が悪うございました・・・ 偏見をやめて、ニュートラルな気持ちであらゆる本を読んでいこうと思う。
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| 京都 |
京都までは新幹線で2時間。 飛行機と違って、新幹線の旅はラクだ。荷物チェックもないし、2時間前に行く必要もない。
地元にいて「暑い、暑い」と言っていたけど、 あれは本当の意味で暑いわけじゃなかった、と京都でしみじみと思い知った。 肌に当たる日差しが「痛い」 立っているだけで、足元から溶けてゆきそうな感覚。
「7月は本当に暑くてかないませんでしたけど、今はそれでも夜はいくぶん涼しくなりましたよ」
平安神宮で乗った人力車のおにいさんが、そう言った。 そういえば、ここっちさんもそう言ってたっけ・・・
 南禅寺の中にある、古い水路。
★一日目 南禅寺 平安神宮 知恩院
★二日目 嵐山 竹林の嵯峨野 仁和寺 天竜寺 三十三間堂
★三日目 京都市立美術館 清水寺 建仁寺
もっと涼しかったら、もっとまわれただろうけど、滝の汗を流しながらもよく歩き、動いたと思う。
ダーリンは300枚も写真を撮った。
「前に来た時は、あそこに泊まったんだよ」 と言って、駅前の京都タワーを指さした。
14年前、ダーリンは最初の結婚のハネムーンで京都に来ていた。 その時は5月で、毎日雨で、しかも毎日ケンカして、ものすごくブルーな気持ちだったらしい。 日本語がまったくわからなかったので、タクシーでまわったのだという。
今回は、バスと地下鉄、嵐電をフルに利用した。 どれにも一日フリーパスがあるし、バスは驚くほどたくさん本数が出ていて、さすが観光地だなと感心。 ホテルもとても快適で、行く先々で京都料理も堪能した。
「すごく楽しい!来てよかった!シエラ、ありがとう!!京都ダイスキ!」
降って湧いたように決まった京都行き。 ダーリンの中のネガティブな記憶を塗り替えるためだったのかもしれないな。 14年前か。 私は何をしていただろう?
ふとそう思って数えてみたら、なんと私も同じ年に最初の結婚をしていたのだった。
どうして今まで気付かなかったんだろう。
私のハネムーンはイタリアだったが、ダーリンも私も、お互いに異国の地で、モヤモヤしたものを抱えて旅をしていたんだなあ。
一番のお気に入りは、最後に行った 建仁寺。
風神雷神の屏風もよかったけど、お寺の佇まいや、中庭、そしてあの天井一杯の「龍」
108畳分の広さに描かれた二匹の龍の目は、意外にも優しく、慈悲に満ちて私達を見下ろしていた。
「秋か冬にまた来て、ここで瞑想したい」
うんうん、ハワイの両親にも見せてあげたい。
古いお寺を巡りながら、 確かにこの場所に生きて、私達に命をつないでくれた人たちがいたということに感謝する思いが 溢れてきた。 お盆だというのに、自分のご先祖さまをお迎えできなかったけれど、 大きな意味でのご先祖さまのことに思いを馳せることができたから、実家のご先祖さまにはヨシにしてもらおう。
嵐山で、自分用のお土産にちょっとした置物を買った時、何か手書きのコメントを入れてくれると言う。 コメントなしでもいい、と言うと、店の人が私達を数秒眺めてニコリと笑い、
「こちらで決めてもいいでしょうか?」
と言い、二人の名前を確認して、さらさらと何か書いてくれた。
「おうちに帰らはったら見てくださいねー」
帰宅して、その箱をあけてみると
○○(私の名)がいれば○○(ダーリンの名)は幸せ!!
と書かれていた。 ちょっと恥ずかしくて嬉しい思い出になった。
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| 夏休み |
明日から夏休みで京都に行くので、ちょっとブログもおやすみ。
昨日は私がイライラして(まあキッカケはあったが) それをコントロールできなくて、ネチネチといつまでもイライラ光線を出しまくり 根気よくソフトにかわそうとするダーリンに感謝しつつ、 またそれが私をツケあがらせ・・・
ふぅーー
さすがのダーリンが、反応が鈍くなってきはじめて、やっと反省。 こんなときは、自分がちょっとだけ嫌いになる。
暑苦しい夫婦が、さらに暑い京都で、暑苦しさを増してきま〜〜す。
みなさんも元気に夏休みを過ごしてくださいね。
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